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2012.6旅行:4)ブダペスト 23.Jun

ブダペスト鎖橋の夜景
おセンチな心にこの夜景はやばかった。ブダとペストを渡す鎖橋とドナウ対岸のライトアップがあまりにキレイで、しばし言葉を忘れ佇んでいました。
ブダペスト鎖橋の夜景 ブダペスト鎖橋の夜景

ブダペストで宿に選んだのは「Lanchid 19 Hotel」、ドナウ川沿いで窓からは鎖橋などの夜景が見られるというのでチョイス。ブダ側にあるので、鎖橋を渡って向かいます。
フロントにはチェックインが遅れた由を説明すると何も問題ないと言ってくれました。甘えついでに電池残量がやばかったiPhoneのC型コンセント用アダプターを貸してもらえ、歯ブラシセットももらうことができました。ブダペスト空港から荷物について連絡があったら対応できるように書類も預けておきます。
ブダペスト鎖橋の夜景
ホテルから撮影した夜景。

この時点での所持品は、パスポートやカード・現金などの貴重品類(ウエストバッグ)にiPhone、カメラ機材一式(カメラバッグ、除く充電器)、そしてハンガリーのガイドブックという有様。温泉に入ろうと水着も準備していたのにスーツケースとともにさようなら。iPhoneも電池が危なかったのですがひとまず使用不可は避けられました。翌日は観光しがてら必要なものを買いそろえなければなりません。明日の大雑把な行動計画を立てた後、ベッドで鬱々としていたらいつの間にか寝てしまいました。

鎖橋
翌朝は快晴です。カーテンをあけると眼前には雄大なドナウ。そしてペストの町並みが広がります。
と同時に、「着替え」がない事に思い至り、天気もよかったのでチェックインまでの間に念のため下着を水洗いする事にしました。窓辺で洗濯物を乾かす間タオルを腰に巻いてドナウと対峙します。なんだかこの辺りで吹っ切れてきました。もちろんそれまでのFacebookなどでのやり取りもあってのことです。


結局、バイキングの朝食をたらふく食べても、10時を回ってチェックアウトの時間が迫っても洗濯物は乾かず。少々生乾きのまま下着を身に着けて街に繰り出します。スーツケースがないので身軽なものです。
鎖橋

なにはともあれ、ブダペストに来たら鎖橋の他には地下鉄を見なければ始まりません(いや、フツーのヒトは王宮だったりするんでしょうけど…)。なにせブダペストの地下鉄1号線はロンドンに次いで古く、世界遺産にもなっています。その最寄り駅を目指していると目に飛び込むは「H&M」の大きな文字。自が境遇を思い出し迷わず入りました。


3枚セットのパンツ、3足セットの靴下、それに安かったアンダーシャツ、それに羽織る用のYシャツを買って3000円程度。はるばるハンガリーまで来てH&Mの安価にびっくりしました。しかし買ったものを収納するバッグもなく、次にホテルにチェックインするまではH&Mの袋を下げたお上りさん状態でした。


Metro1
そして念願の1号線。予想以上に「レトロ感」が醸し出されています。もともと地上からの深度が浅く天井が低いため「違和感」を感じる上、世界遺産に登録されたからか構内の装飾などにもこだわりが見られます。そして黄色の一風変わったデザインの電車。一目惚れです。

デアーク駅に隣接する形である地下鉄博物館。入り口が券売窓口と食べ物屋の間にそれとなくあり、見つけるのに苦労しました。

地下鉄博物館 地下鉄模型

フランツ・リスト博物館を訪れるも休館だったため、ホテルに返却してしまったiPhoneの充電用アダプターを買い求めに「西駅」に隣接するショッピングモールに向かいました。
3号線に乗り換えです。 ↓2号線の写真ですが、3号線も同じ車両でした。
Metro2

Tram 2


ブダ王宮に登るケーブルカーが思いのほか盛況で列ができていたので、脇の登山道?で上を目指しました。疲れる、暑い。木に囲まれて日差しが和らいでいるのがせめてもの救いでした。王宮の丘から一通り眺望を楽しみ、昔の王宮だった国立美術館を見学しました。入場にも常設展示までと特設展も見られるのとで別れており、常設のみではあまり見応えがなかったのが正直な感想です。
ハンガリー国立美術館(王宮)

再び坂を降りて川を渡りペスト側に行こうとしたら、昨晩タクシーで一緒だったシューさんとばったり遭遇。

その後デアーク広場のスタバで休息を取り、聖イシュトヴァーン大聖堂を眺めて見るも、カメラのバッテリーを気にしながらではすることも思いつきません。早めに「東駅」に向かう事にしました。
先の動画にも出てきますが、地下鉄2号線などに降りる際のエスカレーターが速いのなんの、かつ長い。バリアフリーという言葉の存在を微塵も感じないのに、老若男女問わずすいすい利用しています。


ブダペスト東駅
駅売店で1.5Lの炭酸水を買い、構内のベンチで読書するなどして時間をつぶしていました。今考えるともったいない事をしました。

そして予定時刻30分ごろ前になり、いよいよ乗車予定のEuro Night(寝台列車)が東駅に入線してきました。「プラハ行き」車両の車掌さんがイタリア人サッカー審判のコッリーナさんにそっくりなスキンヘッドのチェコ人で、見た目と違って心配りが届いたサービスをしてくれるヒトだったので、すごく安心できました。


EuroNight 350 012-1
EuroNight Praha EuroNightの室内
EN 10476、BudapestKel(20:05)→PrahaHL(6:20)で、旅費は15000円(乗車券+寝台)。利用したのは2等寝台。2段ベッドのコンパートメントですが、実質1人部屋状態でした。


「世界の車窓から」気取りで平行するドナウなどを眺めていたかったのですが、あれだけ隣室が喧しかったり、「同じ客車内」からドリフの観客以上の笑い上戸なおばちゃんの声が聞こえたにも拘らず、やはり疲れが先に出て早々に寝てしまいました。

チェコの朝靄
目が覚めたらチェコ国内に入っており、ご覧の朝靄。ボヘミアに来た、という実感(なんのこっちゃ)。

次回はプラハ到着からです。

2012.6旅行:3)ついに事件が!ワルシャワ→ブダペスト 22.Jun

サッカー観戦の翌日にははやワルシャワ・ポーランドを離れ、ハンガリーはブダペストに移動する事になっています。
旅の主目的はEURO観戦、そしてそれを終えた今、「撮影旅行」へと目的がかわったのです。そしてそこには鎖橋の夜景が魅力的なブダペストは欠かせませんでした。


ワルシャワ3日目は起きてからまず一部の服を洗濯し、しばらくして生乾きのままスーツケースに放り込みました。宿をチェックアウトしたらまずは大きなスーツケースを空港に預けにいきます。トラムでワルシャワ中央駅まで行き、そこから電車で空港まで。フライトは夕方なので航空会社に預ける訳にはいきません。なおショパン・ワルシャワ空港にコインロッカーは無く、悔しい思いをしたターミナル1の1階両替所のすぐお隣にある「Left luggage Office」に預ける事になります。おばちゃんがしっかり守ってくれますが、時々休憩か部屋をあける事があるので、急ぎで荷物を引き取りたいときなどは注意が必要です。
ワルシャワ空港でもらったリンゴ
来てすぐにその存在に気づかずうろうろと空港内を徘徊していたら、出国ロピーで観光PRのお姉さんにリンゴをいただきました。

まだまだ時間はあまっています。市内交通の一日乗車券を買ってあるので、再び電車で市内に舞い戻りました。中央駅から北へ走るトラムに乗車、初日に訪れた旧市街を目指します。

ワルシャワ蜂起記念碑
途中、ワルシャワ蜂起記念碑前を通ったのでしばし観覧。碑が言わんとする歴史を考えると非業に胸が絞められます。今回の旅はアウシュビッツであるとかゲットーであるとか、そういった過去の忌まわしき歴史には縁のないコースばかりをチョイスしましたが、厳然とまた何気なく垣間みる事ができます。ワルシャワで宿泊したHotel Logosの付近のビルにも、おそらく往時のものと思われる縦断痕が生々しく残っていました。

人魚像
バルバガンをくぐったすぐそばにアンティーク雑貨を扱うお店「Lapidarium」というお店を見つけていたので、羽田離陸の際などにお世話になった共産圏グッズ大好きなオトモダチのお土産(タペストリー)と、普段お世話になっている身内女性陣に琥珀のブローチなりネックレスを購入しました。続いて再び旧市街広場の人魚像を拝みました。

旧市街でソフトクリーム
天気は曇り、少し肌寒くも感じましたが、あちこちにあるソフトクリーム屋さん(ポーランドの人はアイスクリームに目がないらしい)で気になる写真が。つい手を出してしまいました。ひたすら長い。これで6zł(約150円)でした。食べてる最中に物乞いの親子に小銭をあげたら、地元のおばちゃんに「あいつらに金をやっちゃだめ。」と叱られたり。

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旧王宮を上に望むStare Miasto停から再びトラムに乗りMetro Ratusz Arsenałから今度はメトロ(地下鉄)に乗車しました。

ワルシャワの地下鉄
ワルシャワの地下鉄です。
ワルシャワの地下鉄
Centrumの駅ではしばしホームの端で鉄ちゃんのごとく撮影を試みてました。


さてそろそろ時間だとそのまま中央駅から空港行きの電車に乗ろうとしたら、該当する電車が見当たらず、どれも国境をまたぐ長距離列車の案内ばかり。おかしいぞと地下街を歩いてたらお土産屋さんを見つけたのでついでにフェルトのバッグとクルテクの人形を買いました。で迷ったあげく、中央駅を見限ってトラムで西に移動する事に。Pl.Zawiszy停で降りてOchota駅に乗り換えてホームに降りるも、時刻表が見づらくてしかたない。近くの人に尋ねれば「この駅から空港行きはしばらく無いぞ」と言われる始末。おいおいもうすぐチェックイン開始時刻が迫るぞと焦るところに、空港マークをつけた見慣れたカッコいい車両が停車。行き先は確認できず、でももしかして…と思ってえいやと飛び乗ったところに検札の人。「空港に行くぞ」と言われてほっと一安心でした。

…いえ、「事件」はこれからです。

Wizz Air A320
ブダペストまでのフライトは、人生初となるLCC(ローコストキャリア)のWizz Air。ハンガリーが拠点だとかポーランドだとかいまいち素性がはっきりしない会社ですが、中欧を中心として勢力拡大中のようです。ご多分に漏れずここもA320に機材を統一してシートピッチを狭くしたり機内サービスを有料にしたり、機内のあちこちに広告を貼りまくったりなどの営業努力を惜しみません。空港で使用するターミナルも、ピカピカのターミナル2ではなく古びたターミナル1です。


チェックインカウンターが開いたらいの一番に駆け込んでトップバッターでチェックイン。スーツケースを預けます。これがすべての元凶だったのかも。予想通りの無愛想なおばちゃんにゲートを指示されるがままいかつい保安検査も通過し(カメラバッグの中を改められた)、42番ゲートで待っていると、近くの表示では40番ゲートに…。しかもさらに待っていると41にこっそり変更。ともかく41番ゲートを覗きにいけば、何事も無かったかのようにWizz Airのクルーがゲートオープンの準備をしていました。


このあたりからこの日の運が尽きかけていたのかもしれません。


フライトは特に問題なくブダペストに定時に着きました。フライトの間中、隣のカップルが頻りにチュッチュと音を立ててキスをしていたのが耳障りでしたが乗り心地は悪いものではありませんでした。

Wizz Air A320
上の写真はブダペスト到着したばかり、ターミナルへ向かうバスの車中です。空は明るいですが、この時点で19時30分。そしてジケンが。


出てくるであろう荷物を待ち続け、ついにはレーンが止まりました。人生初のロストバゲッジです。大事なパスポートやカード、カメラ機材は手元に持っていましたが、着替え一式、電話・カメラの充電器材、お土産などは全てスーツケースとともに行方不明…。泣きそうになりました。ほかにも同じ境遇の人が2組ほどいたようで、同じように空港の荷物サービス会社窓口に泣きついて書類を書いて…、と一通りの手続きをしました。
不安な気持ちになりながら、ひとまず現地のお金を入手せねばとATMを探してFt15,000(約5000円)を引き出して、とやっていたら空港シャトルバスの指定20:10が迫っている!慌てて待ち合わせ場所にダッシュをするも、姿はどこにも見えず。泣っ面に蜂です。シャトル会社に電話すると「また戻るから待っておれ」とのこと。どこでも見られそうな片田舎のような風景が広がる駐車場で、ふわふわした気持ちのままずっと待っていますが全然来る気配なし。
暫くすると何人か個人旅行者のような人が同じ場所で待っています。暇すぎて逆に気が落ち込むばかりなのでその人たちに話しかけると、別のWizzで遅延した結果シャトルに乗り損ねた人たちでした。みな初対面ばかり。さすがに21時を回ると日も暮れだしていっそう不安な気持ちになります。音を上げて「いっしょにタクシーで市街に向かおうよ」と提案しました。何人かでタクシーに乗車すればお金も抑えられるだろうとの算段もありました。結局一人はシャトルを待っていると言ってそのまま待機、残る3人でタクシーに乗車しました。一人はフランス人の男の子、既に先発として友人がホテルにいるそう。もう一人は中国系アメリカ人のシューさん。一人旅のようです。
空港から市内までは30分ほどですが、走り始めてすぐに夜の帳が降りてきました。下車する頃には真っ暗です。ブダペストの市街の夜は、場所により一国の首都とは思えぬほど静謐として変に不安をかき立てます。シューさんのホテル前で別れた後、こちらはブダ地区とペスト地区を分断するドナウ川を渡す鎖橋をめざし早足で歩き出しました。
このときの不安と憂鬱と落胆と絶望の入り交じった感情は思い出すにつけもやもやとしますが、なかなか言葉で表現しようがありません。


それでも目的は忘れてません。鎖橋が見えたときの衝撃は強烈です。「うわ、めっちゃきれい」と。
そん時の写真は次回に掲載します。今回は事件発生まで。長々と失礼しました。